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従業員承継における課題(株式の買取資金や関係者理解)と対応策

2017年12月25日  

従業員承継は、後継者が有償で株式や事業用資産を買取ることが多く、その買取資金の調達が問題となります。また、関係者の理解を得るのに時間がかかり、現経営者の親族との合意形成が重要となります。

1 従業員による資金調達

「従業員承継」を行う際には、現経営者の親族や、後継者である従業員の配偶者といった関係者の理解等を得るのに時間がかかる場合もあるため、後継者の経営環境の整備により一層留意する必要があります。また、株式・事業用資産を相続等によって取得する親族内承継と比較して、所有と経営の分離が生じやすいものです。株式・事業用資産の承継は、有償譲渡によることが多く、その場合、相続税対策は不要となるものの、買取資金の調達や現経営者及び親族との合意形成が極めて重要となります。
なお、遺贈や贈与によって無償で株式・事業用資産を承継する場合は相続税・贈与税の課税を受けることがあるため、留意が必要です。

2 従業員承継における経営の承継

会社の「番頭さん」は他の従業員との信頼関係ができているため、事業承継後も会社の一体感を維持しやすいというメリットがあります。
従業員にとって必要となるものは、会社経営の覚悟と責任感です。現経営者は、後継者となる従業員との対話を重ね、責任感を持たせることが重要です。
現経営者の親族とも対話して、後継者となる従業員との関係を調整しておくことも大切です。

従業員が後継者となる場合、社内で一定の経験を積み、経営に近い役割を担ってきた従業員、いわゆる「番頭さん」が後継者となる例が多くあります。「番頭さん」 は他の従業員との信頼関係を構築できているため、会社の一体感などを事業承継後も維持しやすいといったメリットがあります。
一方、従業員と経営者で大きく異なるのが、会社を経営することに対する覚悟や責任感であると言われます。そのため、従業員に承継を行おうとする場合、まずは当該従業員との対話を重ね、また責任のある役職に置くなどして、自身の責任で会社を経営するのだという覚悟を持ってもらうことが重要です。
また、現経営者の親族等が事業承継後の従業員後継者による会社経営に協力していけるよう、現経営者による親族等の関係者との対話も重要です。ここでいう関係者には、会社経営という大きな責任を引き受ける従業員後継者の配偶者等も含まれるものと考えられます。
近年は、従業員後継者と現経営者の親族との関係を調整するために無議決権株式優先株式等を活用するケースも見られます。

3 MBO(マネジメント・バイ・アウト)

後継者の経営を安定させるためには一定数の株式や事業用資産の取得が必要だが、いわゆるMBO(役員による株式取得:Management Buy-Out)やEBO(従業員による株式取得:Employee Buy-Out)に代表されるように、有償の譲渡により株式・事業用資産の承継が行われることが多くなります。
しかしながら、現経営者の親族外の役員や従業員は、現経営者から株式・事業用資産以外の資産の取得が期待できないことなどから、買取資金を調達することが困難です。そのため、円滑な従業員承継を実現するためには、資金調達の成否が非常に重要であり、これが従業員承継の実現を阻む高いハードルとなっています。
資金調達の手法としては、①金融機関からの借り入れ、②後継者候補の役員報酬の引き上げなどが一般的です。その際、親族内承継の説明箇所で述べた経営承継円滑化法に基づく金融支援は親族外の後継者にも利用が可能であるため、積極的な活用が期待されます。

4 借入金を活用したLBOスキーム

従来は、上記のとおり金融機関からの融資によって株式・事業用資産の取得資金を調達することが多かったのですが、近年は、一定の規模を有する中小企業の事業承継において、後継者の能力や事業の将来性を見込んで、ファンドやベンチャーキャピタル(VC)等からの投資によってMBO・EBOを実行する事例が増えてきています。そのスキームの流れは概ね以下のとおりであり、円滑な従業員承継を実現する環境が整ってきているといえるでしょう。

①後継者(役員・従業員)が、自己資金や金融機関からの借入れにより対象会社の株式を取得する特定目的会社(SPC)を設立し、ファンドやVCがSPCに出資
②SPCが、自己資金の不足分を金融機関から借入れ
③SPCが現経営者から対象会社株式を買い取り、対象会社を子会社化
※SPCが対象会社を吸収合併することもある
④対象会社からSPCへの配当等により、金融機関からの借入れを返済

従業員に株式を承継させようとする場合、買取り資金を従業員個人に与えてやろうとし、従業員の給与を増せばよいと考えるケースが多く見られます。しかし、株式の税務上の時価が著しく高くなってしまった場合、そう簡単に買取り資金を調達できるものではありません。また、従業員の給与を増やせば、それに伴う所得税負担も大きくなります。
このような場合、対象となる事業会社のキャッシュ・フローを担保として銀行から借入れを行い、その資金で株式を買取らせる方法を採ることが最適です。これは、レバレッジド・バイ・アウト(LBO)と呼ばれ、受皿会社が借入れで調達した資金で株式を買取り、その直後に合併することで、借入金を対象となる事業会社に負担させてしまう方法です。
この方法であれば、出資は小さくてもよいため、従業員に資金をほとんど無くても、高額の株式を買取ることが可能となります。
ただし、この方法を実行した後の会社の借入金は急増し、財務内容は一気に悪化することになりますので、その後の財務リスクの負担は注意しなければなりません。

著者紹介

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役
島津会計税理士法人東京事務所長
公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。