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M&Aの決断と準備

2017年11月06日  

事業価値を維持するための仕組み作り

親族内、親族外を問わず、事業承継の準備を始めたのであれば、会社の事業価値源泉(キャッシュ・フローを生み出す経営資源)を把握し、それが後継者に承継されるような仕組みを作らなければなりません。
例えば、後継者の育成、すなわち、成長が実現できるような事業戦略を立案し、それを実行できる経営者を育成することです。
また、製造業の場合であれば、既存の技術・ノウハウをマニュアル化し、OJTで技能承継するなど、知的資産の継続的利用を可能としなければなりません。
さらに、オーナー経営者の引退後に組織管理体制が崩れないよう、オーナーから従業員への権限委譲を進めることです。後継者と残された従業員だけで会社経営が成り立つような組織を築いておかなければなりません。
そして、将来的な足かせとなるような不稼働資産を処分するとともに、簿外債務を消滅させ、リスク要因を取り除くことも必要です。

オーナー経営者が引退しても経営は成り立つか

中小企業のM&A(会社売却)において、買い手が懸念する最大のリスクは、オーナー経営者が引退することによって、事業価値源泉が消滅してしまうことです。つまり、オーナー経営者個人の営業力、技術力、経営力などが失われることによって、会社の業績が悪化し、事業価値が失われてしまうのではないかと心配します。
このため、中小企業のM&A(会社売却)を行う場合、オーナー経営者が引退した後でも事業価値源泉が維持されるような仕組みを事前に作っておかなければなりません。つまり、社長がいなくなっても会社が機能するような体制を構築することです。
社長がいないと営業ができない、仕入先との交渉もできない、このような状況では、とても社長は引退できません。
M&A(会社売却)によってオーナー経営者が引退しますと、新しい経営者が買い手側から派遣されてきます。会社の経理や財務など、経営の根幹に関わる部分は新しい経営者が担当することになるため心配する必要はないでしょう。しかし、現場の実務のほうが問題となります。特に、創業オーナーの場合、現場を知り尽くしているため、これまで何かと従業員の仕事に口出しをしたり、現場の第一線に立ったりと、社長の陣頭指揮のもと現場が回っていたことでしょう。このような状態が続いているのであれば、オーナー経営者が現場から離れることができなくなります。
そのため、引退する経営者は、M&A(会社売却)を実行した後、当面の間は、買い手側から送り込まれる新しい経営陣と残された従業員との関係を築く役割や、動揺する社員の気持ちを安定化させる役割を果たさなければなりません。
一般的に、社長が抜けても機能する会社は、番頭の役割を果たすキーパーソンが存在する会社です。誰もが認めるようなナンバーツーは、副社長、専務や常務といった役員クラスにいることでしょう。存在感のあるナンバーツーがいて、精神的な支柱として新しい社長を迎える社内の雰囲気づくりをうまくリードしていくことができれば、円滑な経営承継につながるのです。つまり、M&A(会社売却)の前に、ナンバーツーを育成しておくことが必要です。M&A(会社売却)を決断したオーナー経営者は、自分がいなくなっても機能する経営体制を作らなければなりません。
もちろん、オーナー経営者が営業などの実務面においても活躍していたのであれば、その穴を埋める必要があります。社長の実務面の穴を埋める役割については、ナンバーツーが引き受けるのではなく従業員でカバーできるようにしなければなりません。オーナー経営者は、長めの引継ぎ期間を設けて、当面の間は後輩の育成に専念する必要があります。社内に実務を引き継げる従業員がいない場合には、買い手側から必要な人材を送り込んでもらうしかありません。
このように、オーナー個人に依存している会社のM&A(会社売却)を行う場合、オーナー経営者が抜けた穴を埋めることができる人材の育成が問題となります。通常は、社長よりも若い世代の従業員の中から複数のキーパーソンを後継者として育成しておくことです。そうしたキーパーソン達に権限を移譲し、組織的な経営体制を構築できれば、会社の収益性も向上することでしょう。
以上のように、社長が一人で何もかもやっており実質的には個人商店のような会社は、組織的な経営体制への移行を考えなければなりません。

M&A(会社売却)のための事前準備

M&A会社売却によって第三者へ事業承継を行う場合、売り手にとっての売却価格最大化とともに、承継する買い手にとっての将来価値最大化ということも考えておかなければなりません。
そのためには、会社の特徴や強み、事業戦略などを買い手に正しく理解してもらえるよう、情報開示の準備を行う必要があります。そこで、事業活動を定量化すること、経営戦略を明確にすること、事業価値源泉を明確にすることに取り組みましょう。これには、相応の手間と時間がかかります。しかし、M&A(会社売却)のプロセスを円滑に進めて、売却価格の最大化を実現するためには必ず準備する必要があります。

第一に、事業活動を定量化しておくことである。会社の財務内容を明瞭に把握できるようにするため、過去の決算書及び事業計画を整備することは不可欠です。決算書や勘定明細はもちろん、そのデータの根拠となる内部管理資料も必要になります。例えば、小売業であれば店舗別や商品別の売上データ、製造業であれば製品別の売上や営業利益、開発・製造コスト、建設業であれば工事別の売上や粗利などの資料を準備しておかなければなりません。
しかし、買い手の立場に立ってみると、定性的な情報だけでいくら買収を提案されたところで、本当に事業価値があるのか不安が残ります。買い手が安心て、適正な取引価額での取引を実現するためには、あらゆる事業活動を定量化しておくことが望まれます。

第二に、経営戦略を明確化しておくことです。売却される会社は、資金不足等の理由から、本来実施すべき設備投資を怠っていたり、人材採用や育成などが滞っていたりするケースが多く見られます。そのような場合、実現できなった各種戦略や改善のための施策、及び施策を実行するために必要となる経営資源を明らかにすることが必要となります。

第三に、会社の事業価値源泉を明確化しておくことです。例えば、「人材の質が高い」といったような曖昧な言葉で強みをアピールしても買い手には適切に伝わりません。事業価値源泉の明確化も定量的な裏づけをもって行うべきでしょう。
仮に人材が事業価値源泉というのであれば、その人材がもつ知識やノウハウ、資格などを具体的に示す準備を行うとともに、競合他社と比較して、どの程度優れているのかを定量的に表さなければなりません。例えば、「○○資格の保有者が○人」や「○○○の製造経験10年以上の技術者が○人」、「○○に対して○億円の取引を受注している営業マンが○人」というように具体的かつ定量的に強みを相手に伝えるようにすると、理解してもらいやすくなります。事業価値源泉を明確にすれば、売却価格の最大化につながるのです。

そして、会社売却(M&A)の前に、経営管理体制を整備しておきたい。
中小企業の場合、経営管理体制の不備が問題となって交渉が破談になるケースが多く見られます。例えば、労務管理、財務管理、生産管理、品質管理、契約管理などである。こうした経営管理面が杜撰な会社は、いくら事業価値が高いとしても、その価値を買い手に承継することが困難となり、結果として交渉がまとまりません。
たとえば、労務管理ができておらず、多額の残業代未払い問題が発覚し、交渉が頓挫するケースがあります。また、得意先との取引基本契約に不備があり、得意先関係の継続に疑念を抱いた買い手が交渉を中断するケースもあります。さらに、工場の品質管理体制に大きな問題があり、品質不良によるクレームが相次いで発生しているような場合、買い手からは将来の製品保証を簿外債務と考え、買収価額の大幅な減額を求めるケースもあるのです。会社売却(M&A)においては、経営管理体制の整備が重要な事業価値源泉の一つであることを忘れてはなりません。

M&A(会社売却)の時期と業績改善

事業承継で後継者不在の場合、オーナー経営者として将来の会社経営をどのようにしようか悩むことになり、会社売却(M&A)も検討し始めますが、さすがにこのような大胆な決断には時間がかかります。それゆえ、業績好調のときには、会社売却(M&A)の決断を行うことができず、時間が経って、業績が悪化し始めたときに、会社売却(M&A)の決断を行うケースが多く見られます。しかし、売却価格を最大化することができるタイミングは、業績が悪化したときではなく、業績好調のときなのです。売却のタイミングを計って決断することには難しい判断が求められますが、業績好調な時期こそ会社売却(M&A)を前向きに検討する時期なのです。
一般的に、買い手が提示する買収価格は、売り手から提出される事業計画に基づく将来キャッシュ・フローに基づく評価が基本となります。将来キャッシュ・フローが増加する見込みであれば、高く評価されます。
もちろん、事業計画はあくまで将来予想であるため、その実現可能性が保証されているわけではありません。
しかし、将来成長を描いた事業計画を買い手に信じてもらうためには、予想の出発点となる直近事業年度の業績が上向いていることは不可欠でしょう。つまり、直近事業年度において利益を計上していなければ、高い評価は得られないのです。

そこで、会社売却(M&A)を決めたのであれば、最大限の経営努力を行って業績を改善させなければなりません。すでに業績が良くなっており、法人税の節税のために利益を抑えてきたような場合であれば、一転して利益捻出の決算対策に切り替えます。会社売却(M&A)の実行までに時間があれば、数年間かけて地道に経営改善を行えばよいでしょう。
しかし、会社売却までに時間がない場合、即効性のある決算対策を講じるしかありません。すなわち、交際費など無駄な経費の削減、役員報酬の引下げなどの決算対策である。これらは、実態として会社の収益力を高めるものではありませんが、表面的な会計上の利益を捻出する効果があります。それでも、主観的な評価で決まる売却価格を最大化させるためには、必要な手法なのです。

そして、実態として会社の真の収益性を高める方法は、不要な資産(遊休資産、不稼働資産、赤字の事業)の処分を行い、貸借対照表をスリム化しておくこと、オーナーと会社との線引きを明確化しておくこと(資産の貸借、ゴルフ会員権、自家用車、交際費など)の経営改善策です。これらは、数年間かけて効果が出る方法ですが、売却価格の最大化を実現するために、必ず実行すべきです。
なお、上場企業への会社売却(M&A)を考えるのであれば、内部統制を有効に機能させておく必要があります。なぜなら、上場企業の子会社の内部統制は、金融商品取引法上の公認会計士監査の対象となるからです。内部統制が整備されていない(または有効に機能していない)場合には、その整備のために必要なコストが事業価値のマイナス要因として評価されてしまうことに注意しなければなりません。また、上場会社の連結子会社となることを想定し、四半期決算に対応できるような経理の体制を作っておく必要があります。上場会社のM&A特有の論点です。

不要な資産の処分

不良資産を事前に第三者に売却するなどの処分ができない場合、その解決策は、オーナー経営者が自ら買取ることである。オーナー経営者の資金が不足しているのであれば、必要な資金を会社から借り入れた形にしておいて会社売却の後にオーナーの手元に入る売却代金から返済する方法もあります。
会社売却(M&A)の際に、買い手と売り手の交渉において特に問題になりやすい資産は不動産です。本業とは無関係の投資用不動産を保有している会社であれば、事前にそれを切り離すことが求められるでしょう。

また、オーナーが個人で所有している土地の上に法人が建物を建ててオフィスとして利用しているケースが多く見られます。しかも、土地の賃貸借に関してオーナーと法人間で実質的な賃貸借関係があるにもかかわらず正式な賃貸借契約が結ばれていないことがあります。このような場合は、現状の賃貸借関係を維持するよりも、建物をオーナーが買い取る方法や底地を法人が買い取ることで権利関係を整理するほうがよいでしょう。建物が古くて資産価値がほとんどない場合には、法人の負担により建物を取り壊して更地にすることで権利関係を清算してしまうことも考えましょう。
いずれにせよ、不動産など買い手が価値を評価しない不良資産は事前に切り離しておかないと、会社売却(M&A)の際の価格交渉が難しくなります。不良資産は事前に処分しておきましょう。
オーナー経営者の自宅を会社の社宅扱いにすることで節税を図る場合がありますが、会社売却を考えれば、この社宅の扱いを解消しなければなりません。通常は、オーナー経営者個人が当該社宅を買い取ることになるでしょう。オーナー社長の退任に伴う役員退職慰労金が多額になる場合には、社宅という資産を退職金の一部分に組み込む方法もあります(社宅の時価評価相当額が退職金に組み入れられたと考えます)。


また、法人契約による役員向けの生命保険は、役員に万一の事態が発生したときの保障だけでなく、保険料の全部又は一部が損金算入されることから、節税手段として利用されるケースが非常に多く見られます。解約返戻金が現金で入ってきますから、会社の価値を評価する際には、この生命保険の解約返戻金を加算することになります。会社売却によってオーナーが退任すれば、基本的には生命保険は解約されることになるでしょう。
その一方で、保険がなくなるオーナー個人が何らかの生命保険に個人的に入りたいと考えたとしても、その年齢がネックになって個人契約の生命保険の新規加入は難しい場合があります。こうした場合には、既存の役員向け生命保険の契約者や受取人を変更して、その権利をオーナー社長に譲渡することを考えます。会社売却(M&A)の時点での解約返戻金の額をその時点での適正な時価とみなし、その金額でオーナーが会社から生命保険の権利を買い取るか、役員退職金の一部として譲り受けるとよいでしょう。

少数株主の整理

買い手側から見れば、M&Aは「企業買収」であり、その目的は経営権の獲得です。支配権を獲得するためのM&Aであれば、買い手は発行済み株式100%の買い取りを希望するでしょう。
それゆえ、株主が複数いる会社であれば、オーナー経営者(筆頭株主)は、会社売却(M&A)の実行前に他の少数株主から株式を買い集めておくことが必要になることがあります。

株式譲渡で会社売却(M&A)を行う場合、オーナー経営者が100%株式を保有しているのであればオーナー経営者の一存で売却できますが、他にも少数株主が存在している場合は、少数株主にも株式の譲渡に合意してもらわなければなりません。
それでも親子など近しい親族だけであれば問題ありませんが、遠い親戚や元従業員など滅多に接することのない人が株主の場合は、株式譲渡に同意してもらえるかどうかわかりません。特に、度重なる相続で株式が分散してしまつている会社の場合には、遠い親戚に連絡をとるだけでも一苦労というケースもあります。
しかし、少数株主から株式譲渡の同意を取りつけるのは、オーナー経営者の役目です。契約上、株式を売買するのは各株主と買い手ですが、条件交渉は買い手が各株主と個別に行うわけではなく、売り手の大株主(オーナー経営者)が株主を代表して行うことが一般的です。最終的には、その大株主が他の株主から委任を受けて株式譲渡契約を締結することになります。
一般的には、先に買い手との話しを進めておき、ある程度価格の目線が一致した段階で少数株主に対して会社売却(M&A)の話しが進んでいることを打ち明けることになります。基本合意後、各株主に対して、会社売却(M&A)を考えた背景、買い手を選んだ理由、売却価格の決定根拠などを説明し、会社売却(M&A)に対する理解を求めることになります。
会社経営に関与しない少数株主は、経済的メリットがあれば(高く売却できるのであれば)同意してくれる可能性は高いでしょう。特に、毎期の配当を期待しているような少数株主が株式を手放すことに応じるかどうかは、価格次第というケースが多いようです。
もし反対する株主が出てきた場合は、まずは創業家で影響力のある人物などを担ぎ出して説得にあたるなど、あらゆる手を尽くして同意を取りつける努力を行うことが必要となります。
それでも、最後まで会社売却(M&A)に同意しない少数株主が残ってしまった場合は、全部取得条項付種類株式を発行する組織再編スキームなど、いわゆる「スクィーズ・アウト(少数株主排除)」の手法を使い、買い手が強制的に株式を買い取ってしまうという選択肢もあります。
一方、オーナー経営者の株式譲渡のタイミングで、全株主が足並みそろえて株式譲渡するのではなく、オーナー経営者が他の株主から事前に株式を買い集めてしまうという方法もあります。売り手のオーナーは、会社売却(M&A)を考え始めたときからは、株式が分散しないよう心がけるとともに、機会があれば少数株主から買い取って株式の集約を進めておきましょう。