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役員退職金の財源としての生命保険

2018年02月27日  

1 役員退職金による個人財産の再構成

オーナー経営者が保有する個人財産は、その中に占める自社株式又は事業用資産の割合が高いという特徴があります。典型的なオーナー経営者の個人財産を家計貸借対照表によってイメージすれば以下の通りとなるでしょう。大きな自社株式と役員借入金を通じて、会社の貸借対照表と個人の貸借対照表は、経済的に一体化しているのです。

【オーナー経営者の家計貸借対照表】

家計貸借対照表の自社株式と自社向け貸付金は、後継者に引き継がれるべき財産ですが、後継者に集中することによって、後継者以外の相続人の遺留分を侵害する虞があるため問題となります。
また、家計貸借対照表の未払相続税が【現金預金+金融資産】の合計額を上回っている場合は、相続税の納税資金の不足分をどのように補うか問題となります。
このような状況を改善するためには、個人財産の構成を見直して、オーナー経営者の金融資産を生前に増やしていき、相続発生時の遺産分割がし易く、また、納税資金が確保されている状態にしておく必要があるのです。

そこで、オーナー経営者個人の金融資産を増やすために、相続発生前において、オーナー経営者に対して役員退職金(「勇退退職金」と呼ばれます。)を支払います。それによって、オーナー経営者の保有する現金預金や金融資産の割合が高まることになり、遺産分割や納税資金に問題のない財産構成を作ることができます。
また、法人の財務に対する以下の効果によって、役員退職金の支払いが自社株式の相続税評価を引き下げることになり、自社株式の生前贈与が行い易くなります。

役員退職金の費用(損金)計上による利益(所得)の引下げ効果
→ 類似業種比準価額を引下げます。

役員退職金の支払いによって純資産を減少させる効果
→ 純資産価額を引下げます。

役員退職金を支払った結果として、オーナー経営者の家計貸借対照表は以下のように変化します。すなわち、法人が受け取る生命保険の解約返戻金を財源として、個人へ役員退職金を支払いますと、個人財産に占める現金預金・金融資産の割合が高まることになります。また、退職金を費用計上した事業年度の翌年には自社株式の評価額が下落し、自社株式の生前贈与を行うのに絶好の好機となるでしょう。しかし、退職金を受け取った個人財産は全体としては増加し、相続税負担が重くなるため、別途相続税対策の実行が必要となります。

また、自社に対する貸付金についても相続財産に含まれ、額面100%という割高な相続税評価となってしまいますから、生前対策の段階で借入金の返済を行っておくべきでしょう。

【役員退職金支払いの効果】

2 退職金の財源の準備

企業経営の後継者が決まり、経営の引き継ぎも順調に進み、経営者が退任するとした場合、それまでの功績を讃えて、退職金を受け取ることは当然です。また、オーナー経営者は個人の財産を事業に投下してきたわけですから、退任の際にはそれを回収するのが当然でしょう。ただし、退職金を受け取るオーナー経営者には所得税が課されますから、税引き後手取り額の計算をしておかなければなりません。法人から回収した資金は、本人や家族の老後の生活資金、相続税の納税資金となります。

これに対して、法人にとって見れば、役員退職金の支払いによって資金が流出しますので、役員退職金を支払った後の法人の財務や税務への影響を考慮しなければなりません。また、退職金の財源の確保が問題となります。
法人が退職金の財源を蓄える方法として中小企業基盤整備機構が運営している小規模企業共済制度があります。しかし、小規模企業共済制度の加入資格は零細企業に限定されているため、必ずしも加入できるわけではありません。

【小規模企業共済制度の加入資格】
◯建設業、製造業、運輸業、サービス業(宿泊業・娯楽業に限る)、不動産業、農業などを営む場合は、常時使用する従業員の数が20人以下の個人事業主または会社の役員

◯商業(卸売業・小売業)、サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)を営む場合は、常時使用する従業員の数が5人以下の個人事業主または会社の役員

◯事業に従事する組合員の数が20人以下の企業組合の役員や常時使用する従業員の数が20人以下の協業組合の役員

◯常時使用する従業員の数が20人以下であって、農業の経営を主として行っている農事組合法人の役員

◯常時使用する従業員の数が5人以下の弁護士法人、税理士法人等の士業法人の社員

◯上記1、2に該当する個人事業主が営む事業の経営に携わる共同経営者(個人事業主1人につき2人まで)

また、企業型の確定拠出年金を活用する方法もありますが、役員に高額な退職金を支払おうとする場合には金額的に不十分です。また、確定拠出年金は資金の外部積立てですので、会社の資金繰りが苦しいときに一時的に積立金を取り崩すような臨機応変な対応は行ってくれません。

そこで、活用すべきものが生命保険なのです。生命保険であれば、確定拠出年金の上乗せの財源として十分な金額を確保することが可能です。また、会社の資金繰りが苦しい際には、一部の契約を解約して会社にお金を戻すことができます。さらに、生命保険であれば、病気やケガをした際の保障も付いているため、福利厚生としても役立ちます。
つまり、生命保険の死亡保険金は、オーナー経営者の死亡時の事業保障とともに、生存保障にも役立ちます。そして、何よりも重要なのは、解約返戻金を蓄えることによって、オーナー経営者の退職金の財源確保に活用することができることでしょう。

もちろん、法人契約の生命保険の保険料を新たに捻出することが難しい場合もあるでしょう。その場合には役員給与を見直し、引き下げた分を退職金準備に回し、生命保険に加入するという方法があります。すなわち、役員給与には高い税率の所得税が課されているはずですので、それを引下げて将来の退職金に回すということです。役員給与の引下げ額にもよりますが、経営者個人の所得税と住民税の負担が軽減するうえに、会社・オーナー経営者個人ともに社会保険料負担を軽減することもできます。つまり、税率の高い給与所得を税率の低い退職所得へ変換するという方法です。

ただし、やみくもに役員給与を引き下げることは間違っています。次の手順で見直しましよう 。

① 役員退職慰労金規程による必要額を確認
② すでにある程度積み立てている場合は、現時点での積立準備額を確認
③ 退職時期の決定(退職までの年数を確認)
④ 退職金不足分を確認
⑤ 退職金積立額=保険料支払額(役員給与引下げ額)の決定

役員退職金の準備に当たって特に注意したいのが、役員退職金の損金算入限度額の計算において「最終報酬月額」が考慮されることです。なぜなら、役員給与を引き下げてしまうと最終報酬月額が下がり、役員退職金の損金算入限度額に影響を及ぼすからです。

【定期同額給与を減額して支払保険料に充当】

なお、生命保険は役員だけでなく従業員も被保険者とすることができますので、役員の保障と退職金準備だけでなく、従業員の保障と退職金準備にも役立つのです。

【生命保険の使途】

オーナー経営者に万が一の病気や事故があった場合の事業保障のみを目的とするのであれば、10年定期保険など保険料が安くて手厚い保障の商品がよいと言えるでしょう。例えば、ベンチャー企業などで資金繰りに余裕が無い会社であれば、短期の全損定期保険に加入するという選択になります。

これに対して、事業保障だけでなく退職金の財源確保という目的であれば、退職時期に合わせて保険を解約し、その解約返戻金として受け取った現金を使うことになります。
また、退職金の支払い時に多額の損金が発生しますから、それを相殺できる益金の計上、すなわち、解約返戻金の益金算入が必要となります。退職時の解約返戻金が益金算入されるということは、支払った保険料が過年度に損金算入されていなければなりません。

解約返戻率が高いこと、保険料が損金算入されることという2つの条件から保険商品を選ぶとしますと、長期平準定期保険逓増定期保険ということになります。これらは、解約返戻金の返戻率が100%近くまで到達する(超える場合もある)という点で共通します。しかし、長期平準定期保険は返戻率の最高点までの立ち上がりが緩やかで、高い返戻率が比較的長く続くのに対して、逓増定期保険は返戻率の最高点までの立ち上がりが急速で、高い返戻率は短い期間で終わってしまうという点で相違しています。

【退職金の支払いが決算(所得)に与える影響】

【解約返戻金の益金算入による相殺効果】

したがって、保険加入時点が早く(契約時の年齢が低く)、退職時期までの期間が長い場合は長期平準定期保険を選び、保険加入時点が遅く(契約時の年齢が高く)、退職時期までの期間が短い場合は逓増定期保険を選ぶことが適切と言えます。
また、退職時期がほぼ確定しており、保険の解約時点をピンポイントで特定できるのであれば逓増定期保険を選び、退職時期がまだ確定しておらず、保険の解約時点を特定できないのであれば長期平準定期保険を選ぶことが適切となります。

ただし、逓増定期保険にも3種類あります。すなわち、2分の1損金タイプ、3分の1損金タイプ、4分の1損金タイプです。2分の1損金タイプの契約期間は短いですが、4分の1損金タイプの契約期間は比較的長く、高い解約返戻率の期間が長く続くという特徴があります。つまり、4分の1損金タイプの逓増定期保険の解約返戻率は、長期平準定期保険のそれと近い動きをするのです。それゆえ、実務の現場では、長期平準定期保険と4分の1損金タイプの逓増定期保険を比較検討する局面が多く、その際は、保険料の金額、損金算入の必要度合い、返戻率の高さを考慮して選択することになります。

例えば、経営者が現在55歳であり、退任の時期を70歳~80歳と考えて準備を進めるものとしましょう。その準備として生命保険に加入します。相談した生命保険セールスマンには、20年後の75歳の時に退任し、その際の退職金を7,000万円支払う計画だと伝えることにします。このようなケースでは、生命保険セールスマンは以下の2つのような商品を提案してくることが想定できます。

ポイントは、退職時期として予定されている20年後の退職金額に保険の解約返戻金を合わせることです。このケースでは、解約返戻金7,000万円の商品に加入すれば、退職金の財源とすることができます。しかし、退職時に計上される雑収入(益金)が役員退職金(損金)をどの程度相殺できるかが問題となります。いずれも保険期間の前半6割の期間は保険料の一部が資産計上されていることから、当該資産計上された部分に係る解約返戻金は雑収入(益金)には計上されません。解約返戻率が100%に近づくのは前半6割の期間の中にあるケースがほとんどですから、資産計上された部分の取り崩しは始まっていないはずです。

相殺しきれなかった損金の部分は、本業からの経常利益で補うしかありません。それができなければ赤字に陥ります。
生命保険セールスマンに保険商品の提案を依頼し、複数の保険商品を比較検討する際には、財源の確保と同時に解約時の損益を検討しなければなりません。

著者紹介

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役
島津会計税理士法人東京事務所長
公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。