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中小企業経営者のための「親族外」事業承継の進め方③〜親族外事業承継(M&A)における基本条件の交渉方法と事業価値の評価〜

2018年06月07日  

高い売却価格を実現するためには、価格交渉に勝つ必要がある。価格が異なる原因の一つは、売り手と買い手で事業の将来性についての考え方が異なることである。事業価値を評価する際に前提となる将来キャッシュ・フローは、経営者の将来予想であり、売り手と買い手では予想は異なる。また、売り手が知っていることを買い手が知らないという「情報の非対称性」が存在しているため、事業価値の評価のやり方も異なる。さらに、同じ事業でも買い手が強気で売り手が弱気という状況など、評価する人の感情によっても異なる。そして、買収によって創出されるシナジー効果の大きさによっても評価が左右される。今回は、事業計画に基づく事業価値とM&A価格の交渉について説明する。

第三者承継の際の取引価額は、事業価値を評価する買い手によって異なるものであり、この点が、親族内承継の場合と大きく異なる点である。

1 基本条件の交渉

買い手候補から買収の意向が表明された場合、取引の基本的な条件を決めるための交渉に入る。すなわち、売り手と買い手がお互いに「これだけは譲れない(妥協できない)」といった重要な条件について話し合うこととなる。

条件交渉の際、最も重要になるのが取引価額である。売り手の下限価格(これ以下の価格では売りたくないと考える価格)と買い手の上限価格(これ以上の価格では買収を断念する価格)の間で価格面の合意が得られればよい。
価格以外に、売り手側から譲れない条件として提示されるものもある。例えば、「従業員の継続雇用」である。実際、オーナー系中小企業では、価格条件よりも従業員の継続雇用を優先させるケースも多く見られる。このため、従業員の継続雇用は、基本合意のような早い段階から話し合われることが多い。
しかし、従業員の雇用維持は、買い手にとって承継後の会社経営における重荷となる危険性もある。従業員の雇用維持を無条件で受け入れれば、買い手の投資コスト負担が過大となり、ひいては将来の事業価値が毀損する要因ともなり得る。

一方、買い手側は、重要な知的財産権の移転、キーパーソンの一定期間の残留、主要得意先との取引継続などを条件として提示するケースが多い。というのも、これらの条件が満たされなければ、期待した事業価値を実現することができないからである。
特に、優秀な従業員が事業価値源泉となっている場合、買い手候補は、有能なキーパーソンの退職リスクを懸念する。したがって、キーパーソンの退職による事業価値へのマイナス影響を考慮し、キーパーソンが短期間で退職した場合には取引価額を減額したり、退職に伴う損害見込額を補償したりするような条件が提示されることが多い。

2 基本合意の成立

売り手と買い手候補がお互いに提示する基本条件に合意することができた場合、その内容を記載した「基本合意書」を締結するのが一般的である。

その際に、買い手候補が独占交渉権の付与を求めることが多い。これは、売り手が他の買い手候補と並行して交渉を行い、買収条件を競わせ、売り手に有利な取引条件に誘導することを防ぐためである。一方、売り手としては、独占交渉権はできるだけ付与したくないが、付与する場合には、取引価額を上方修正することを交換条件として提示する等の対応が考えられる。

また、デュー・ディリジェンスの実施後は、様々な瑕疵や問題点などの検出事項を買い手候補から指摘され、取引価額の減額要求が出されることが多い。したがって、売り手としては、デュー・ディリジェンスの結果として、ある程度は取引価額が引下げられることを考慮し、基本合意時の価格は可能なかぎり高く合意しておくことが望ましい。
なお、基本合意の段階で相手方の「絶対に譲れない条件」を受入れることができない場合、取引交渉は終了となり、新たな買い手候補を探し始めることになる。

3 買い手にとっての事業価値

第三者に対して事業を売却する際の価格は、理論的には、事業価値に基づいて算定されるものであるが、会社の事業価値を正確に算定することは非常に難しい。なぜなら、事業を承継した第三者が誰で、どのように経営するかによって将来実現できる事業価値が異なるからである。例えば、売り手の事業の承継によって買い手側のシナジーが十分期待できる場合には、買い手は相対的に高い価格を提示できるが、シナジーがほとんど期待できない場合や事業の不確実性が大きいと判断される場合には、買い手から提示される価格は相対的に低くなると考えられる。

すなわち、第三者承継の際の取引価額は、事業価値を評価する買い手によって異なるものであり、この点が、親族内承継の場合と大きく異なる点である。
買い手にとって企業の買収は投資であるから、買い手の経営者が投資の可否を検討する際、将来生み出されるキャッシュ・フローを予測し、投資額が何年で回収できるかを見積もるのが一般的である。

4 売り手が評価する事業価値と買い手が評価する事業価値の違い

売り手が評価する事業価値と買い手が評価する事業価値が異なる要因として、以下の二つが考えられる。

一つは、売り手と買い手で事業の将来性についての考え方が異なる場合である。事業価値を評価する際に前提となる将来キャッシュ・フローは、経営者の将来予想である。将来予想が異なる要因としては、売り手が知っていることを買い手が知らないという「情報の非対称性」が存在していることや、同じ事業でも買い手が強気で売り手が弱気という状況が考えられる。

もう一つは、買収によって創出されるシナジー効果である。シナジー効果により、買い手が対象会社の事業を自社に統合させることによって、予想される将来キャッシュ・フローが買収前の両社の将来キャッシュ・フローの単純合計を上回るということがある。そのようなシナジー効果によって、新たな事業価値が創出される。

5 事業計画と事業価値

事業価値は、将来キャッシュ・フローといった将来の予想数値によって決まるため、事業計画の信頼性は事業価値の評価に大きな影響を及ぼす。信頼性の高い事業計画を作成するためのポイントは、以下のとおりとなる。

5-1 過去の実績値と事業計画の整合性が確保されていること

事業計画の信頼性は、過去の実績値と将来の事業計画の間の整合性により担保される。整合性が無い場合には、その根拠を説明しなければならない。
例えば、ある費用の発生額が、過去の実績値と比べて事業計画では大幅に減少しているような場合、そのような不整合が、外部経営環境に起因するものなのか、あるいは、内部経営環境に起因するものなのか、明確な根拠を持って説明できるように準備することが望ましい。

販売計画を例にとると、店舗別の売上や製品別売上といった細分化されたデータ(過去実績及び将来計画)を用意することにより、過去の実績と将来の計画の作成根拠を明確化できるとともに、それらの整合性を示すことができる。
また、従業員の解雇や機械設備の撤去を行う予定があれば、これらリストラ費用のようなマイナスのキャッシュ・フローの発生まで事業計画に織り込んでおくことによって、事業計画の信頼性を高めることができる。

5-2 事業計画の基礎となる売上計画や費用計画の根拠を説明できる資料が添付されていること

全社の事業計画の基礎となる売上計画や費用計画についてその根拠となる細分化された基礎資料が必要となる。小売業であれば、店舗別や商品別の売上計画など、製造業であれば工場別の生産計画や製品別の売上計画などが考えられる。また、将来の数値については、その数値の実現可能性の高さを示すような根拠も必要となる。主観的で楽観的すぎる事業計画では、適正な事業価値を評価することはできない。

著者紹介

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役
島津会計税理士法人東京事務所長
公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。