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中小企業経営者のための「親族外」事業承継の進め方④〜親族外事業承継(M&A)における経営統合の手続き〜

2018年06月08日  

第三者承継が実行されると、形式的には事業承継は終わりとなるが、買い手にとっての事業価値を実現するための統合作業は、ここからがスタートとなる。第三者承継による事業承継のメリットは、買い手とのシナジー効果を発揮させ、事業価値を高めることである。両社ともに不足する事業価値源泉を補完する、あるいは、自社の強みをさらに強化するといった目的もシナジー効果の発揮によって初めて実現する。ここでは、事業承継を行った直後の統合作業について説明する。

1 社長の交代

第三者承継の取引が実行された後は、売り手経営者は会社の支配権を失い、経営者の立場から解放されることになる。しかし、通常はそれで終わりではなく、事業価値源泉を円滑に引き継ぐため、取引実行後も一定期間は対象会社の経営に関与する取り決めが行われるケースが多い。その関与の内容は、会社の内情など、個々の事情に応じたものとなる。
買い手のほうは新しいオーナーとして承継した事業の経営に着手することになる。それゆえ、売り手は事業価値源泉を新しいオーナーに円滑に引き渡し、徐々に会社経営から抜けることになる。

ここでは、売り手経営者が段階的に引退することが重要である。すなわち、適当な引継期間を設け、「社長交代したらそれ以降は一切会社に顔を出さない」といった急な動きをするのではなく、残された従業員や取引先によって継続的に事業価値が生み出されるよう、一歩引いた立場でしばらくは出社してサポートする必要がある。
前経営者の役職をどうするのか、常勤にするのか非常勤にするのか、無報酬にするのか報酬ありにするのか、実際に何をやってもらうのか、いつまで関与するのか、といった条件については、売り手と買い手の意向を含めた個々の事情に合わせて決めておく。

1-1 顧問として残る方法

前経営者の処遇の種類として、第一に、売り手経営者が「顧間」として残るという方法がある。これは、取引実行後に速やかに社長の座を降りて「顧問」に就任し、後任の経営者は買い手が決めて、新旧社長の引継ぎに必要な期間として1年から2年程度を設定する方法である。
顧間として残る前、経営者は代表権を持たず、当初はほぼ常勤に近いとしても徐々に非常勤としていく。非常勤顧問となることで月額報酬は低くなるが、取引実行前に役員退職金を支払うことが可能になる。
しかし、この方法では第三者承継が行われて前経営者が退いたという事実が対外的に明らかとなる。それゆえ、売却の事実が取引先との関係に悪影響を及ぼし、事業価値が毀損しないように注意する必要がある。

1-2 会長として残る方法

第二に、売り手のオーナー経営者が会長に昇格する方法がある。前社長が、売却後に会長に昇格し、後任社長とのツートップ体制で引継ぎを行っていく方法である。前社長が取引実行後すぐに一線から離れることで事業価値源泉が失われてしまうような場合には、この方法が効果的である。会長になる元社長には代表権を持たせないケースのほうが多く、経営の引継ぎが進むに連れて会長は非常勤とする。この方法では、前オーナー社長が退任後も引続き重要な役員として残ることになるので、この時点で役員退職金を受け取ることができるかが問題となる。それゆえ、代表権を返上して会長に就任する際に、その勤務実態の変化と報酬額の低下の度合いを調べ、税務上も問題ないか確かめておく必要がある。

1-3 当面社長として残る方法

第三に、売り手のオーナー経営者が当面はそのまま社長として残り、次期社長は代表権を持つ役員として入る方法がある。前経営者が第三者承継後も社長の座には留まるものの、後任の社長候補が代表取締役副社長や代表取締役専務といった代表権を持った役付き取締役として招聘されることになる。前経営者の事業意欲がまだ旺盛ながら事業承継問題を考慮して早めに第三者承継を決断したような場合や、取引先等との人間関係が重要な事業価値源泉となっている場合など、経営者個人が持っている事業価値源泉の承継に注意が必要な場合、このような方法も選択肢の一つとなる。

承継後の経営体制

買い手が想定する経営方針によって、取引実行後の経営体制が異なる。

2-1 子会社として経営を行う方法

一つは、対象会社の経営の自律性を維持させたいと考える場合、子会社として経営を行う方法である
その場合、法人格の独立性を維持したうえで、買い手の経営への関与を限定的とするケースが考えられる。これは、対象会社を子会社として存続させ、許容できる限り経営の自主性を維持するという方針である。役員構成は買い手から若千名の役員を派遣するものの、代表者の変更も求めない。こうした経営体制は、経営統合が従業員の反発をもたらして事業価値を毀損するおそれがある場合、買い手との経営統合によってシナジー効果を生み出さない場合に採用される。

これに対して、子会社としての独立性は維持するものの、買い手として経営に積極的に関与していくケースもあるだろう。対象会社の代表者が買い手から派遣され、全体の役員構成も買い手から派遣される役員が過半を占めるなど、買い手が経営の支配権を握る。こうした経営体制は、対象会社が買い手と同じ事業内容である場合や、事業価値の拡大のために梃入れが必要である場合に採用される。つまり、新しい経営陣のもとで、ビジネスモデルの変更や新しい事業価値源泉の導入が推進される。ただし、買い手の支配色が強まると、「乗っ取り」というイメージが強まり、優秀な人材の離職などによって事業価値源泉を失うおそれがあるため、慎重な対応が必要となる。

2-2 吸収合併される場合の方法

もう一つは、買い手の会社へ吸収合併する方法である。これによって、人事制度をはじめとする各種制度は、買い手の同じものが適用されることになる。経営統合のスピードが速いため、シナジー効果を早期に実現させることができる。しかし、統合作業にかかる現場の負担が大きく、従業員の離職など一時的な混乱を引き起こして事業価値を大きく失ってしまうおそれがあるため、公認会計士を活用した組織統合プロジェクトを実行するなど、全社的な取り組みが求められる。

3 買い手との経営統合

第三者承継が実行されると、形式的には事業承継は終わりとなるが、買い手にとっての事業価値を実現するための統合作業は、ここからがスタートとなる。

第三者承継による事業承継のメリットは、買い手とのシナジー効果を発揮させ、事業価値を高めることである。両社ともに不足する事業価値源泉を補完する、あるいは、自社の強みをさらに強化するといった目的もシナジー効果の発揮によって初めて実現する。
事業承継の現場では、取引は実行したものの、期待したほど事業価値が生み出されないという悩みを聞くことがある。調査結果の統計データを見ても、「統合後の利益拡大効果が期待したほど得られなかった」という回答が多い。これは、取引実行の後の統合作業に失敗するケースが多いからであろう。

買い手との経営統合について、取引実行までに時間をとって検討できるケースは少ないため、取引実行後にようやく統合作業を開始するケースがほとんどである。しかし、経営統合を確実に成功させようとするのであれば、取引実行前から統合の事前準備を行うことが望ましい。特に、その統合作業プロセスと経営管理体制は、少なくとも譲渡契約を締結する前から検討を進めておくべきであろう。この際、「企業文化や組織風土」といった最上位の概念から、「人事・組織」や「業務プロセス」、「情報システム」まで幅広く捉えることが求められる。

3-1 企業文化や組織風土の統合

経営統合の作業として、具体的には、買い手の経営陣、経営企画部門の責任者など、通常は2~3名のメンバーでプロジェクトを構成し、経営統合の目的を明確にする。

その上で企業文化や組織風土を融合させる具体的な方法を検討する。これらを検討する場合、ビジネスに対する価値観、人材に対する考え方、顧客への対応方針などの理由によって両社の文化が衝突し、結果として事業価値が失われてしまうことがある。そうした事態を避けるために、早い段階で企業文化や組織風土の違いを認識し、無駄な摩擦を起こさないように、例えば、組織を統合させる前から段階的な人材交流を行い、意見交換を実施しておきたい。

3-2 人事・組織統合

経営統合における人事・組織統合においても、「組織は戦略に従う。」といわれるように、買い手の経営戦略に適合する組織を作ることが重要である。

人事・組織統合の目的の一つに経営効率化があり、経理部などの間接部門は1つに統合すべきことには疑問の余地はない。しかし、両社の重複するポジションが整理されてしまうと従業員のリストラを強いることとなる。人事・組織統合というのは、従業員のモチベーションという重要な事業価値源泉に影響を与える作業であることから、従業員が納得して受け入れて、引き続き活躍できるような配慮や取組みが必要である。

3-3  業務プロセスの統合

最後の課題が業務プロセスの統合である。業務統合がうまくいかないと、従業員個人の日常業務に支障をきたし、事業価値源泉を失うおそれがある。業務統合の検討は、課長や係長など現場に近い管理職を巻き込んで行わなければならない。

業務統合の主たる目的は、業務効率化によるコスト削減効果である。統合会社間にて重複している業務で規模の経済が生まれる業務については、その効果が期待しやすい。特に、規模の経済は事業価値を増大させる手段として最もわかりやすいものであるため、確実に実現させたい。ただし、重複業務を減らすために人員削減を伴うリストラや解雇を実施し続けると、従業員のモチベーションを落とし、事業価値源泉を失うことにもなりかねないので、組織統合の作業と同様、会社内部における配置転換などを検討したい。

3-4 情報システムの統合

情報システムの統合は、業務統合と密接に関連し、会社を動かす基盤となる領域である。システムが高度なものであればあるほど、その統合にかかる労力とコストは多大なものとなる。情報システムの統合は、基本的に一本化である。異なる情報システム間で機能の比較を行い、高機能なシステムに一本化する。

ただし、情報システムの切替えは日常的な業務プロセスの変更を伴うため、従業員にとっては煩わしい作業が生じる。従業員へ丁寧に説明すべきであるが、業務プロセスの変更のために時間的な余裕がない場合は、その切替えのタイミングに注意すべきである。日常業務の混乱を避けるためには、一定期間は両方の情報システムを併用し、移行期間を数年設けた後に統合するという方法も考えられる。

著者紹介

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役
島津会計税理士法人東京事務所長
公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。