事業承継支援研究会

第6回 事例研究問題

2018年03月01日  

3月5日(月)第6回事業承継支援研究会にて用いる予定の問題を事前掲載いたします。
下記の画像をリンクしていただくことでPDFが開きますので、ご利用ください。

6回事業承継支援研究会 事例研究問題

事例研究11(コーポレート・ガバナンスと経営革新)

事例

大塚家具社(小売業、従業員数1,500人、売上高450億円、営業利益▲45億円)は、創業48年の家具販売会社であり、「会員制システムによる高級家具の対面販売」を行い、日本有数の家具販売会社に成長しました。


(出所:Yahoo!ファイナンス)

■ 2009年3月 勝久氏が社長を退任、久美子氏が初めて社長へ就任

2001年前をピークに、ニトリやイケアなど新興勢力の台頭や不祥事などで業績が下降を続けています。2009年3月に創業社長である大塚勝久氏が会長職に退き、後任社長に長女の大塚久美子氏が就任しました。久美子氏は、「気軽に入れるカジュアルな店づくり」を目指しました。これは、久美子氏が、消費者は安くても高品質でセンスある商品を選ぶ時代になったと判断したからです。



大塚家具の株式は、勝久氏が350万株(18.04%)を保有していました。妻の千代子氏と合わせて、19.95%の持株比率です。

一方、大塚一族の資産管理会社である「ききょう企画」は、2008年に勝久氏から、大塚家具の株式130万株の譲渡を受け、対価として社債15億円を発行、その結果として、千代子氏が10%、兄弟姉妹が各18%を所有することになりました。そして、親子の対立の結果、「ききょう企画」の多数派は久美子氏が支配することとなり、「ききょう企画」を通じて大塚家具の株式189万株(9.75%)を所有することとなりました。

(注)ききょう企画の株式は、勝久氏から子どもたち5人へ18%ずつ均等に贈与されましたが、贈与税は1人あたり約2,000万円を支払ったとのことです。

■ 2014年7月 久美子氏を社長から解任、勝久会長が社長へ復帰

しかし、勝久氏は、自身の過去のビジネスモデルを否定されたと感じたのか、久美子氏による方向転換を許すことができず、2014年7月に久美子氏を解任して、自ら社長に復帰しました。それでも会社の業績は更に悪化し、2014年12月期には▲5億円の営業赤字に転落することとなりました。

■ 2015年1月 勝久氏を社長から解任、半年で久美子氏が社長へ復帰

その後、勝久氏と久美子氏との対立は激化し、会社の方針について両者はことごとく対立していました。2015年に入り、業績の大幅な悪化に強い危機感を抱いた社外取締役が以下の要望書を提出し、社外取締役の1人が親子喧嘩に耐えかねて辞任することとなりました。

【社外取締役・社外監査役から提出された要望書】
(1) 現体制による経営方針の速やかな策定
(2) コンプライアンス体制の強化、適切な人事
(3) IR体制の強化、株主に対する適切な対応
(4) 予算・事業計画の適時の策定
(5) 社長による経営判断の合理性の確保、適切な説明
(6) 取締役会において健全な議論を行えるようにすること

「社員は子ども」と言い切る勝久氏にとって、大塚家具はまさに「自分の会社」、すなわち、個人商店でした。それに対して、久美子氏は、大塚家具は株式公開した以上、いつまでも大塚一族の会社であってはならない、あるべきガバナンス体制を実現すべきと主張していました。そのようなガバナンス体制への転換に対して、社外取締役が立ち上がったのです。

このガバナンスを巡るトラブルを契機に、かねてより勝久氏側に付いていた取締役佐野氏が、妻である三女智子氏からの説得によって久美子氏側に寝返ったことから取締役会の支配関係が180度変わり、2015年1月の臨時取締役会は4対3の多数決で、久美子氏の社長復帰を決議しました。

■ 2015年3月 株主総会で勝久氏が取締役を退任、久美子氏の支配が確立

社長を解任された勝久氏は、その直後の株主総会に「株主提案(会社法303条)」を行い、勝久氏を中心とする取締役構成に入れ替えることを提案するとともに、一般株主から委任状集めに動き出しました。

これに対して、久美子氏は会社提案として、現状の久美子氏を中心とする取締役構成を維持し、勝久氏(及び勝之氏)を取締役に選任しない議案を上程しました。すなわち、大塚家具の委任状争奪戦が始まったのです。

これについて、株主総会の会場では、個人株主の1人から「恥ずかしい同族企業!一族の醜態だ!会社は一族のものではない!」という同族経営に対する批判の声も上がりました。株主の1人として出席した勝久氏は、「自分が社長になれば黄金時代に戻せる、会社を存続させることができるのは、自分しかいない。株主さまには、それを分かって判断していただきたい。」と発言しました。
結果、久美子氏側の会社提案が、株主総会で61%の賛成を獲得、勝久氏側の株主提案は36%にとどまり、久美子氏の勝利となりました。賛成に回ったのは、日本生命、東京海上日動火災、三井住友銀行(3社合計で16%)、そして、直近に市場から株式を買い増しした投資ファンドの米ブランデス・インベストメント・パートナーズ(10%)でした。

■ 2015年7月 勝久氏が新会社を設立

その後、勝久氏は所有する350万株(18.04%)のうち163万株式会社を売却し(残り10%)、20億円以上の現金を獲得、その資金を元手に新会社「匠大塚」を創設しました。ここでは、家業のビジネスモデル「会員制システムによる高級家具の対面販売」を実践しています。

問題

【問1】
久美子氏はなぜビジネスモデルを変更したのでしょうか。

【問2】
「ききょう企画」が勝久氏から大塚家具の株式15億円を購入し、その対価として社債15億円を発行しました。相続税対策の観点からこの取引の妥当性を論じてください。

【問3】
機関投資家が会社提案に賛成したのは、日本企業のコーポレート・ガバナンスの問題が関係していると言われます。なぜ彼らは会社提案に賛成したのでしょうか?

【問4】
勝久氏の新事業「匠大塚」を設立しました。なぜ久美子氏を後継者として家具販売会社を任せないのでしょうか?

ヒント

事例研究12(事業用資産である土地の承継)

事例

B社(機械製造業、従業員数20人、売上高10億円、営業利益5千万円、当期純利益2千万円、純資産2億円)は、関東の地方都市にある創業50年の町工場であり、創業者である田中社長(代表取締役、75歳)が株式50.1%を所有しています。
田中社長の家族構成は以下の通りです。長男はB社に勤務しており、後継者になることが予定されています。その一方で、次男は国家公務員として活躍しており、B社に戻る意向はありません。

また、田中社長の個人財産は以下の通りとなっています。自社株式100%の評価額が360百万円ですので、田中社長の所有する株式の評価額は180百万円となります。

B社の工場は45年前に建設されたものですが(当時、権利金の支払慣行がありました。)、その敷地は、B社ではなく、田中社長個人が所有しています。なお、B社は田中社長に対して、権利金の支払いはなく、地代も支払っていません。また、昭和55年12月の法人税基本通達の改正に伴う土地の無償返還に関する届出書は、税務署に提出されていません。
その路線価図を入手したところ、以下のように表示されていました。

問題

【問1】
田中社長が所有する工場の敷地の評価額を計算してください。ただし、簡略化のため、画地調整は一切行わないものとします。

【問2】
仮に「土地の無償返還に関する届出書」が税務署に提出されていた場合、田中社長が所有する工場の敷地の評価額はどうなりますか。

【問3】
この土地評価を加味して田中社長の財産評価を行った場合、次男の遺留分はいくらになりますか?ただし、将来の相続時にB社の株式評価額は2倍になると想定します。

【問4】
工場の土地(500㎡)に長男に相続させる場合、小規模宅地等の特例を適用した場合、どれだけ評価が引下げられますか?

ヒント