事業承継支援研究会

第11回 事例研究問題

2018年07月30日  

8月6日(月)第10回事業承継支援研究会にて用いる予定の問題を事前掲載いたします。
下記の画像をリンクしていただくことでPDFが開きますので、ご利用ください。

第11回事業承継支援研究会 事例研究問題

事例研究19(M&A売却の意思決定と準備)

事例

甲社長(65歳)は、50年前に設立したホテルX社(旅館業、従業員数150人、売上高60億円)の3代目社長であり、株式3,000株(発行済議決権株式の100%)を所有し、30年前に代表取締役社長に就任してから頑張ってきました。

引退を考えるようになった甲氏は、事業承継を考えましたが、長女A、長女B、長女Cいずれも事業意欲が無く、ホテル事業に全く関心を持っていません。そこで、甲社長は、長女Aの婿(外部のサラリーマン)を入社させ、後継者にしたいと考えていました。しかし、妻や他の幹部社員は甲社長の考えには反対で、創業時から会社を支えてくれた乙取締役を後継者にすべきと考えていました。乙取締役は、高い営業力を持ち、経理や財務にも精通しており、経営者としての適性を有していると考えられています。

【甲社長の個人財産】
自社株式5億円 + その他の財産5億円 = 10億円

相続税額の試算=約3億円 (相続人合計)

しかし、地元の名士である甲社長一族の知名度は非常に高く、政治家など一流の人脈を持つため、乙取締役は、偉大な創業家から家業を引継ぎ、社長の地位を継ぐには、明らかに器量が小さく、本人も「自分は経営者には向いていない」と明確に拒否していました。
X社は5年前に売上がピークを迎えた後、会社の業績は毎年悪化しており、甲社長が自力で回復させることが困難な状況です。しかも、今年に入って、大雨の影響で建物の一部が壊れる被害がありました。そのせいで3ヶ月休業することとなり、売上が激減しています。

この被害の修復を含めて心身ともに披露した甲社長は、ホテル経営のリスクを感じるとともに、体力と気力の限界に来たと悟りました。そこで、甲社長は、第三者承継(M&A)の検討を開始し、中小企業診断士であるあなたに相談しました。

あなた:「乙取締役が後継者として最適だと、他の幹部社員の方々がおっしゃっていますよ、( ア )を使えば、不動産から事業を切り離すことができ、資金負担を軽くして乙取締役に譲渡できますよね、それではダメなのですか?」

甲社長:「できれば乙取締役に継いで欲しいですよ、しかし、彼自身が社長はやりたくないと言うのです。」

あなた:「そうですか、乙取締役の気持ちが変わることを期待しつつ、M&Aを検討することにしましょう。甲社長の希望売却価格はありますか?」

甲社長:「正直なところ、できるだけ高い金額で譲渡できればうれしいですが、具体的な金額は考えていません。先生から見て、うちの会社はいくらで売れそうですか?」

あなた:「M&Aは買い手から見ると大きな投資ですから、事業価値に見合う投資額で評価されるべきでしょう。買い手から見て、貴社の事業は安定しており、長期的な経営が可能であるとするのであればDCF方式を使って評価します。逆に、貴社の事業はリスクが大きく、短期的に投資回収すべきとするのであればM&A仲介業者方式を使って評価するでしょうね。」

甲社長:「わかりました。M&Aでは、買い手が投資回収するという観点から計算するのですね。それらの方法で当社の株式価値を試算してみていただけませんか?」

あなた:「まず、DCF方式で評価しましょうか。税引後営業利益が約1,000万円(注1)ですので、( イ )を足し戻して簡易キャッシュ・フローを計算しますと、4,000万円になりますね。近いうちに設備投資は予定されていますか?」
(注1)1,000万円≒1,500万円×(1-30%)

甲社長:「投資といいますか、台風の被害を受けましたので、前倒しで大規模修繕すべき状況にあります。来年実施する予定であり、その予算は1億円です。」

あなた:「そうですか、修繕によってお客様からの人気が回復するといいですね。非事業性資産である現預金と( ウ )ですが、含み益はありますか?」

甲社長:「( ウ )を解約しますと、1億円が返ってきます。」

【問1】( ア )( イ )( ウ )に入る用語は何でしょうか。

あなた:「わかりました。そうしますと、DCF方式による株式評価額は、4億円くらい(注2)になりそうです。」

甲社長:「ちょっと待ってくださいよ、先生。純資産が12億円なのに4億円ってどういうことですか?」

(注2)(試算過程)割引率を10%とすると、
簡易キャッシュ・フロー4,000万円÷10%-修繕費1億円=事業価値3億円
事業価値3億円+現預金2億円+生命保険1億円-有利子負債2億円=株式価値4億円

【問2】X社株式の評価額が、DCF方式によれば4億円となり、簿価純資産が12億円を下回るのはどういう状況なのか、説明してください。

あなた:「リゾートホテルを巡る現在の競争環境が厳しくなってきていますから、これまでと同じ事業のやり方では厳しいかもしれません。仮に廃業するとすれば、不動産はいくらで売れますか?」

甲社長:「建物3億円は、旧耐震基準ですので、いずれは建て替えないといけません。土地も含み損が3億円くらいあるのですが、売れないことはないでしょう。そうすると、不動産(建物+土地)の時価は概ね4億円くらいでしょうか。」

あなた:「そうですか、土地を保有しているのは強いですね、それだけで資産価値が維持できますから。中小企業M&Aでよく使われる『時価純資産+営業権』で評価しますと、6億円(注3)くらいの評価にはなりそうです。したがって、売却価格の目線は、4億円から6億円ということになりそうですね。」

(注3)(試算過程)
事業用資産の時価=10億円-建物3億円(価値なし)-3億円=4億円
営業権=1,500万円×3年~5年分=4,500万円~6,000万円
現預金2億円+運転資本1億円+事業用資産(時価)4億円+生命保険1億円-有利子負債2億円=株式価値6億4,500万円~6億6,000万円

甲社長:「売却価格がその水準であれば、私としても満足できます。しかし、売ったときに税金が課されますよね?株式譲渡を行った場合、税金と手取り額はどうなりますか?」、「ちなみに、生命保険は私の退職金の財源となることを想定して加入していたのですが、もしこれで退職金を1億円支払う場合には、税金と手取り額はどうなります?」、「それから、退職金1億円を支払った後で株式譲渡する場合、税金と手取り額はいくらになりますか?」

【問3】現状の株式評価額(退職金支払い前)が6億円であることを前提にして、仮に退職金は一切支払わずに株式譲渡を行う場合、株式譲渡に係る税金と手取り額を計算してください。
また、退職金を支払う場合、退職金に係る税金と手取り額、株式譲渡に係る税金と手取り額を計算してください。
ただし、所得税等の税率は長期譲渡20%、累進課税40%、取得費は資本金の額であるとし、復興特別税は無視してください。

あなた:「株式評価が4億円~6億円でしたので、希望売却価格は6億円で提示することとしましょう。次に買い手候補へ買収の提案を行うことになりますが、甲社長のお知り合いの同業者で、事業を引き継いで欲しいと思う方はいますか?」

甲社長:「これからのホテル経営はこの規模ではやっていけません。資金力のある大手ホテルチェーンのHリゾート社の傘下に入るのがいいと思います。H社長であれば、新しいアイデアを持ち込んで経営革新してくれるでしょう。当社の従業員も、Hリゾート社の社員になることができれば、雇用は一生安泰でしょう。」

あなた:「確かにHリゾート社は最も有力な買い手候補です。しかし、Hリゾート社が甲社長にとって有利な取引条件を提示してくれるかどうかわかりません。また、Hリゾート社との取引価額だけ見ても、X社の評価として妥当性なのか判断することができません。」

甲社長:「それではどうすればいいのでしょうか?Hリゾート社ではダメなのですか?」

あなた:「買収提案を持ち込む相手は、とりあえず、甲社長が想定するHリゾート社と、最近急速に伸びてきているAP社の2社ということにしましょう。甲社長はH社長とお知り合いとのこと、連絡を取っていただくことはできますか?」

甲社長:「はい、H社長とは飲み会で一度ご一緒したことがありますので、電話してアポを入れることはできます。しかし、AP社とは何ら関係がないため、連絡しようがありません。」

あなた:「わかりました。それでは、AP社に関しては私にお任せください。提携しているKY銀行のM&Aチームを通じて提案を持ち込みたいと思います。」

【問4】中小企業診断士であるあなたは、買い手候補へ買収提案を持ち込むことになりました。どのようなアプローチ方法が考えられますか?

事例研究20(M&A売却の競争入札)

事例

甲社長(65歳)は、50年前に設立したホテルX社(旅館業、従業員数150人、売上高60億円、当期純利益500万円)の3代目社長であり、株式3,000株(発行済議決権株式の100%)を所有し、30年前に代表取締役社長に就任してから頑張ってきました。
引退を考えるようになった甲氏は、親族内承継と従業員承継を断念し、第三者売却(M&A)へ進めることとし、中小企業診断士のあなたにM&Aのアドバイスを依頼しました。

(X社のオフィスにて)
あなた:「Hリゾート社は甲社長に直接アポを入れていただき、私が同行して訪問することとしましょう。一方、AP社については、来週、私がKY銀行のM&Aチームと同行してAP社の乙社長と面談し、提案を行ってきます。」

甲社長:「そうですか、よろしくお願いします。」

(後日、AP社のオフィスにて)
あなた:「本日はご提案の機会をいただき、ありがとうございます。私は、貴社にご紹介したいお客様のM&Aアドバイザーに就任した中小企業診断士の岸田康雄と申します。」

乙社長:「当社は、M&Aを重要な成長戦略と位置づけています。貴重なM&A案件をご紹介いただき、ありがとうございます。」

あなた:「こちらの提案書を御覧いただきながら、本件の概要をご説明させていただきます。とりあえず、会社名は非開示とさせてください。」

   ↓ 10分程度の説明

乙社長:「なるほど、このホテルは、当社APグループのホテルの空白地帯にありますし、外国人向けに改装することで業績を改善できる可能性が高いです。ぜひ詳細に検討させてください。会社名を教えていただけますでしょうか?」
あなた:「承知しました。それでは、明日郵送させていただきますので、( ア )契約をご締結ください。そのうえで、対象事業の情報をまとめた( イ )を開示させていただきます。」

(後日、またX社のオフィスにて)
あなた:「AP社の乙社長は、前向きに検討したいとのことでした。秘密保持契約を締結しますので、貴社の情報を開示してもよろしいでしょうか?」

甲社長:「そうですか、それはよかった。ぜひ進めてください。どんな情報を開示することになりますか?」

あなた:「大きく事業(会社)の概要、組織の概要、財務情報、事業計画です。これらをまとめたパッケージを作って、提供することになります。甲社長は高く売却したいというご意向を持っておられますから、魅力的な事業計画を出すことが重要です。5年分の損益予測で、X社のホテル事業が成長することをアピールしなければいけません。」

甲社長:「当社は単年度の予算は作っているのですが、5年分の計画は作っていません。仮に作ったとしても、先生もご存知のようにここ数年業績が低迷しているので、苦しい数値になるでしょう。」

あなた:「それでは、今から業績回復のシナリオを描いたうえで、5年の事業計画を一緒に作りましょう。私が指導します。」

【問1】( ア )( イ )に入る用語は何でしょうか。

【問2】「高く売りたいのであれば事業計画が重要」だとしていますが、それはなぜでしょうか?また5年分の事業計画として、売上高からキャッシュ・フローまで予測するとしたとき、その計画書の作り方を説明してください。

(後日、またAP社のオフィスにて)
あなた:「先日お渡しした情報に基づいて、買収をご検討いただけましたでしょうか。」

乙社長:「ホテルの現場責任者にも見せて検討させましたが、当社とのシナジー効果が大きいため、X社様には、ぜひ当社APグループの仲間に入っていただきたいと考えております。」

あなた:「そうですか、それでは意向表明書(Letter of Intent、LOI「エル・オー・アイ」)を提出いただけますでしょうか。実は、本件、他にも関心を持っていただいた買い手候補がいらっしゃいますので、私が窓口となって競争入札の形式を採らせていただきます。意向表明書の記載要領のご案内状(インビテーション・レター)を郵送しますので、よろしくお願いします。」

乙社長:「何ですか?他社にも提案しているのですか?」

【問3】買い手候補は、M&Aで複数の候補先と競わされることを嫌がります。しかし、中小企業診断士であるあなたは、売り手であるお客様の利益最大化に資する助言を行うことが職業的義務であると考え、複数の買い手候補を競わせることとしました。具体的に、買い手候補の選考プロセスはどのように進めるべきでしょうか?「ロング・リスト」と「ショート・リスト」という単語を使って説明してください。

あなた:「X社甲社長によれば、X社の事業価値を最も高く評価してくださる会社に譲りたいとのこと、最適な買い手を探すため、複数の候補を募らせていただきました。貴社は最も有力な候補です。」

乙社長:「そうですか、当社を選考していただくとうれしいですね。ところで、売り手の希望売却価格はいくらですか?」

あなた:「甲社長の意向はまだ確定していませんが、M&Aアドバイザーとしての私の立場から申し上げるとすれば、適正な売却価格は6億円だと考えております。」

乙社長:「そうですか、わかりました。当社の顧問税理士に相談して、適正な買収価格を計算してみることとします。」

(後日、またX社のオフィスにて)
あなた:「AP社とHリゾート社の両方から意向表明書が提示されましたね。Hリゾート社からの提示額は4億5千万円、AP社からの提示額は5億円、いずれも株式譲渡を希望するとのことでした。」

甲社長:「そうですか、想定していた売却価格よりも低いですね。彼らは当社の事業価値を適切に評価できていないようですね。」

あなた:「彼らはいずれも買収に強い意向を表明していますから、交渉すれば価格の引上げることが可能だと思います。価格交渉しますので、すべて私にお任せください。」

【問4】本件では意向表明書が2社から提出されましたが、仮に1社しか提出されなかった場合、価格交渉プロセスはどのようなものになるでしょうか?